学習目標
- コーピングの定義
- 問題焦点型コーピングと情動焦点型コーピングの区別
- ストレスに対する反応における知覚的コントロールの重要性について説明する
- 健康や長寿に欠かせないソーシャルサポートについて説明する
前章で学んだように、ストレスは、特に慢性化すると体に負担をかけ、健康に甚大な悪影響を及ぼす可能性があります。私たちは、生活の中でストレスと感じるような出来事を経験した場合、効果的な対処法を用いてストレスに対処することが不可欠です。 コーピングとは、ストレスに関連する問題に対処するための精神的および行動的試みのことを指します。
コーピングのスタイル
LazarusとFolkman (1984) は、問題焦点型コーピングと情動焦点型コーピングという2種類の基本的な対処を区別しました。
問題焦点型コーピングでは、人はストレスを経験する原因となっている問題(すなわち、ストレッサー)を管理または変更しようとします。問題焦点型コーピングの戦略は、日常の問題解決で使用される戦略と類似しており、一般に、問題を特定し、可能な解決策を検討し、これらの解決策のコストと利益を計量し、次に代替策を選択する(Lazarus & Folkman、1984) というものです。例として、Bradfordが統計学のクラスを落第するという中間報告を受けたとしましょう。Bradfordがストレスを管理するために問題焦点型コーピングを採用している場合、彼はストレスの原因を軽減するために積極的に行動することになります。彼は教授に連絡して成績を上げるために何をすべきかを話し合い、毎日2時間、統計の課題を勉強する時間を確保することを決め、個人指導の支援を求めるかもしれません。問題に焦点を当てたストレスの管理というのは、問題に対処するために積極的に行動しようとすることを意味するのです。
これに対して、情動焦点型コーピングは、ストレスに関連する否定的な情動を変化または軽減するための努力で構成されています。こうした努力には、問題の回避、最小化、問題から距離を取る、他者との肯定的な比較(「私は彼女ほど悪い人間ではない」)、否定的な出来事に肯定的なものを求める(「解雇されたので、数日は寝坊できる」)ことが含まれる場合があります。
場合によっては、情動焦点型コーピングの戦略には再評価が含まれ、これにより、ストレッサーの客観的な脅威のレベルは変えずに、ストレッサーを別の方法で (やや自己欺瞞的に) 解釈することができます (Lazarus & Folkman、1984年)。たとえば、連邦刑務所に入ることになった人が、「これは人脈作りの絶好のチャンスだ」と考えるのは、再評価を利用していることになります。
Bradfordが落第という中間報告のストレスを管理するために情動焦点型のアプローチを採用した場合、彼はコメディ映画を見たり、ビデオゲームをしたり、ソーシャルメディアに何時間も費やして、この状況から気持ちを切り離すかもしれません。ある意味で、情動焦点型コーピングは、実際の原因ではなく、症状を治療するものと考えることができます。
多くのストレッサーが両方のコーピングの戦略を引き出しますが、問題焦点型コーピングは制御可能であると認識しているストレッサーに遭遇した場合に発生しやすく、情動焦点型コーピングは自分には変える力がないと信じているストレッサーに直面した場合に優位になる傾向にあります (Folkman & Lazarus, 1980)。
明らかに、情動焦点型コーピングは、制御不能なストレッサーに対処する際に効果的です。たとえば、最愛の人が亡くなったときに経験するストレスは、圧倒的なものです。この人を生き返らせるためにできることは何もないので、状況を変えることはできないのです。最も有用な対処法は、悲嘆に暮れている期間の苦痛を最小限に抑えることを目的とした、情動焦点型コーピングです。
幸いなことに、私たちが遭遇するストレッサーのほとんどは修正可能であり、程度の差こそあれ、コントロール可能です。仕事に耐えられない人は辞めて別の仕事を探すことができ、中年の離婚者は別の相手を探すことができます。試験に落ちた新入生は次はもっと勉強することができますし、胸のしこりがあるからといって、必ずしも乳がんで死ぬことを意味するものではないのです。
コントロールとストレス
出来事を予測し、意思決定を行い、結果に影響を与えたい、つまり、自分の人生をコントロールしたいという欲求と能力は、人間の行動の基本的な考え方です(Everly & Lating, 2002)。 Albert Bandura (1997)は、「人間のストレスの強さとそれがどれだけ慢性的であるかは、自分の人生の要求に対するコントロール可能性の認知によって大きく支配される」(p.262)と述べています。
彼の発言にあるように、潜在的なストレッサーに対する私たちの反応は、そのようなものに対して自分がどれだけコントロールできていると感じているかによって大きく左右されます。 コントロール可能性の認知(訳の参考)は、結果に対して影響力を及ぼし、結果を形成する個人的な能力についての信念であり、私たちの健康と幸福に大きな影響を与えます(Infurna & Gerstorf, 2014)。
広範な研究により、個人のコントロール可能性の認知は、身体的・精神的健康の向上や心理的幸福の増大など、さまざまな好ましい結果と関連することが実証されています(Diehl & Hay, 2010)。また、個人のコントロールの感覚が大きいと、日常生活におけるストレッサーへの反応性が低くなるとも言われています。たとえば、ある調査では、ある時点でコントロール可能性の認知のレベルが高いと、後に、対人関係のストレッサーに対する感情的・身体的反応性が低くなることがわかりました (Neupert, Almeida, & Charles, 2007)。さらに、34人の高齢の夫を亡くした女性を対象とした日誌研究では、コントロール可能性の認知が大きいと感じた日に、ストレスと不安のレベルが有意に減少することがわかりました (Ong, Bergeman, & Bisconti, 2005)。
DIG DEEPER 学習性無力感
私たちが自分の人生で起こる出来事をコントロールできるという感覚を持てないとき、特に、それらの出来事が脅威、有害、または不快であるとき、その心理的影響は深刻なものになる可能性があります。
この概念をよく表しているのが、心理学者のMartin Seligmanが1960年代に行った一連の古典的な実験です(Seligman & Maier, 1967)。この実験は、犬を電気ショックから逃れることができない実験室に入れるものでした。その後、この犬たちに仕切りを飛び越えて電気ショックから逃れる機会を与えたところ、ほとんどの犬は逃れようともせず、実験者が与えた電気ショックをただ受動的に受け入れているように見えました。これに対して、以前にショックから逃れることが許されていた犬は、仕切りを飛び越えて痛みから逃れようとする傾向が見られました(Fig. 14.22)。

セリグマンは、後のショックから逃れようとしなかった犬たちは学習性無力感を示していると考えました。犬たちは、自分が受けている刺激に対して何もすることができないという信念を獲得していたのです。また、このような消極性や自発性の欠如は、人間のうつ病に見られるものと類似していると考えました。
そこでSeligmanは、学習性無力感が人間のうつ病の重要な原因である可能性を推測しました。人生における否定的な出来事を経験し、自分にはどうすることもできないと思った人間は、無力になる可能性があります。その結果、その状況を変えようとすることをあきらめ、ある者は抑うつ状態になり、結果をコントロールできる将来の状況においても、自発性の欠如を示すかもしれません(Seligman, Maier, & Geer, 1968)。
Seligmanが決して提案しなかった応用例として、学習性無力感は後に、2001年の世界貿易センタービルへの攻撃後、米軍と情報機関の職員による囚人の拷問に用いられることになりました。この拷問プログラムを考案した心理学者、James E. MitchellとBruce Jessonは、制御不能な苦悩にさらされた被拘束者は、やがて受動的で従順になり、尋問者に情報を明かす可能性が高くなると理論付けました。しかし、このプログラムが有意義な結果をもたらしたという証拠はほとんどありません。現在では、このプログラムは非倫理的で不当なものであると広く見なされています。この例は、調査研究とその応用の倫理を一貫して検討する必要性を強調しています(Konnikova, 2015)。
Seligmanらは、後にうつ病の学習性無力感モデルを再定式化しました(Abramson, Seligman, & Teasdale, 1978)。その再定式化の中で、彼らは学習性無力感の感覚を助長する帰属(すなわち、何かが起こった理由に対する心的説明)を強調しました。例えば、同僚が職場に遅刻してきたとき、その同僚の遅刻の原因についてあなたが考えることが帰属です(例えば、交通量が多い、遅くまで寝ていた、時間を守ることを気にしない、など)。
Seligmanの研究の改良版は、否定的な人生の出来事に対してなされる帰属がうつ病に寄与するというものです。中間試験の成績が悪かった学生の例で考えてみましょう。このモデルは、この学生がこの結果に対して3種類の帰属を行うことを示唆しています:内的vs.外的(結果は彼自身の個人的な不十分さにあると信じるか、環境要因によって引き起こされたと信じるか)、安定vs.不安定(原因は変更可能であると信じるか、永久であると信じるか)、普遍的vs.特異的(結果はほとんどすべてにおいて不十分であることの兆候であると考えるか、この領域だけ不十分だったと考えるか)です。
この学生は、成績不振の原因として、内的(「私は頭が悪いだけだ」)、安定的(「頭が悪いという事実を変えることはできない」)、全体的(「これは私がいかに何でもダメかということの別の例だ」)を挙げていると仮定します。この再構成された理論では、学生はこのストレスフルな出来事に対するコントロールの欠如を認識し、その結果、特にうつ病を発症しやすくなると予測されます。実際、悪い結果に対して内的、安定的、全体的な帰属をする傾向がある人は、否定的な人生経験に直面したときにうつ病の症状を発症する傾向があることが研究で証明されています (Peterson & Seligman, 1984)。幸いなことに、帰属の習慣は練習によって変えることができます。健全な帰属習慣の訓練により、うつ病になりにくくなることが示されているのです(Konnikova, 2015)。
Seligmanの学習性無力感モデルは、大うつ病性障害の発症を説明する有力な理論的説明として、長年の間に浮上してきました。精神疾患を学習する際には、このモデルの最新版である「絶望感理論」について学ぶことになるでしょう。
コントロール可能性の認知のレベルが高い人は、自分の健康はコントロール可能であると考え、それによって、自分の健康をよりよく管理し、健康に役立つ行動をとる可能性が高くなります (Bandura, 2004)。当然のことながら、コントロール可能性の認知が大きいほど、身体機能の低下(Infurna, Gerstorf, Ram, Schupp, & Wagner, 2011)、心臓発作(Rosengren et al, 2004)、心疾患の発症(Stürmer, Hasselbach, & Amelang, 2006)と心疾患による死亡(Surtees et al, 2010)など、身体の健康問題のリスクが低いことに関連しています。さらに、英国の公務員を対象とした縦断的研究によると、地位の低い仕事(事務員や事務補助員など)で、仕事に対する支配の度合いが小さい人は、地位の高い仕事や仕事に対する支配がかなり強い人に比べて、心臓病を発症する確率がかなり高いことが分かっています(Marmot, Bosma, Hemingway, & Stansfeld,1997)。
コントロール可能性の認知と健康との関連は、社会階層と健康との間に頻繁に観察される関係を説明する可能性があります (Kraus, Piff, Mendoza-Denton, Rheinschmidt, & Keltner, 2012)。一般的に、裕福な人ほど健康状態が良好であることが研究でわかっています。その理由の1つは、人生のストレス要因に対する自分の反応は自分でコントロールできる、と考える傾向があるためです(Johnson & Krueger, 2006)。
社会階級の高い人は、コントロールできると思い込んでいるためか、自分が特定の結果に対して持っている影響力の程度を過大評価する傾向があるようです。例えば、社会階級の高い人は、社会階級の低い人よりも、自分の一票が選挙結果に大きな影響を与えると考える傾向があり、このことが、より豊かなコミュニティで投票率が高いことを説明する可能性があります(Krosnick, 1990)。また、他の研究では、コントロール可能性の認知の感覚によって、健康状態の悪化、うつ病、生活満足度の低下(社会的地位の低い人に起こりやすい)から、裕福でない人々を守ることができるとされています(Lachman & Weaver、1998)。
これらの研究や他の多くの研究から得られた知見を総合すると、コントロール可能性の認知と対処能力は、私たちが人生を通じて遭遇するストレッサーを管理し、対処する上で重要であることが明確に示唆されます。
ソーシャルサポート
他者と強く安定した関係を形成し維持したいという欲求は、強力で広く行き渡った、人間の基本的な動機です(Baumeister & Leary, 1995)。他者と強い対人関係を築くことは、苦悩、悲しみ、恐怖の時に社会的支援(ソーシャルサポート)を提供してくれる、親密で思いやりのある人々のネットワークを構築するのに役立ちます。 ソーシャルサポートは、友人、家族、知人から受ける癒しの影響と考えることができます (Baron & Kerr, 2003)。ソーシャルサポートには、助言、指導、励まし、受容、感情的な慰め、具体的な援助(金銭的援助など)など、さまざまな形があります。このように、私たちがさまざまな人生のストレッサーに直面したとき、他者は私たちの心を癒し、これらの課題を管理しようとする努力に非常に役立つことがあります。人間以外の動物でも、ストレスがかかったときに、種の仲間がソーシャルサポートを提供してくれることがあります。例えば、ゾウは他のゾウがストレスを感じていることを察知し、胴体に触れるなどの身体的接触や共感的な声の反応によって相手を慰めることが多いようです(Krumboltz, 2014)。
ソーシャルサポートの重要性に対する科学的な関心は、1970年代に健康研究者が、社会的に統合されていることが健康に及ぼす影響に関心を抱いたことがきっかけでした(Stroebe & Stroebe, 1996)。さらに、社会的なつながりが死亡率を下げることを示す縦断的な研究によって、関心が高まりました。
ある古典的な研究では、カリフォルニア州アラメダ郡の住民約7,000人を9年間にわたって追跡調査しました。以前から社会的なつながりや地域的なつながりがないと言っていた人たちは、社会的なネットワークが広い人たちに比べて、追跡調査期間中に死亡する可能性が高くなりました。社会的なつながりが最も多い人に比べて、孤立した男性と女性は、それぞれ2.3倍と2.8倍も死亡しやすかったことがわかりました。これらの傾向は、喫煙、アルコール摂取、調査開始時の自己申告による健康状態、身体活動など、健康に関連するさまざまな変数を制御した後でも持続しました(Berkman & Syme、1979年)。
その研究当時から、ソーシャルサポートは、健康状態に影響を及ぼす心理社会的要因の一つとして、よく知られるようになりました(Uchino, 2009)。1982年から2007年にかけて行われた30万人以上を対象とした148の研究の統計的レビューでは、社会的関係が強い人は、弱い人や不十分な人に比べて生存の可能性が50%高いという結論が出ています(Holt-Lunstad, Smith, & Layton, 2010)。研究者によると、この研究で観察されたソーシャルサポートの効果の大きさは、禁煙に匹敵し、肥満や運動不足など、死亡率のよく知られた多くの危険因子を上回りました(図14.23)。
多くの大規模な研究により、ソーシャルサポートのレベルが低い人は、特に心血管疾患による死亡リスクが高いことが分かっています(Brummett et al.、2001)。さらに、ソーシャルサポートのレベルが高いほど、乳がん (Falagas et al., 2007) や感染症、特にHIV感染症 (Lee & Rotheram-Borus, 2001) の生存率が高くなることが分かっています。
実際、ソーシャルサポートのレベルが高い人は、風邪にかかりにくいことがわかっています。ある研究では、334人の参加者が社交性を評価するアンケートに回答し、その後、これらの人々が風邪を引き起こすウイルスにさらされ、誰が発病するかを数週間にわたって観察しました。その結果、社交性の増加は、風邪をひく確率の減少と線形に関連していることが示されたのです(Cohen, Doyle, Turner, Alper, & Skoner, 2003)。
私たちの多くにとって、友人は社会的な支えとして欠かせない存在です。しかし、友人や仲間がほとんどいない状況に陥ったらどうでしょうか。大学に通うために家を出て生活する学生の多くは、ソーシャルサポートの大幅な減少を経験し、不安、うつ、孤独に陥りやすくなっています。ソーシャルメディアは、こうした移行をナビゲートするのに役立つこともありますが(Raney & Troop Gordon, 2012)、孤独感を増大させる原因にもなりかねません(Hunt, Marx, Lipson, & Young, 2018)。このため、多くの大学では、ピア・メンタリング(Raymond & Shepard, 2018)など、学生が新しい社会的ネットワークを構築するのに役立つ初年度プログラムを設計しています。人によっては、家族、特に親がソーシャルサポートの主要な源となることがあります。
ソーシャルサポートは、特にストレスを感じている人の免疫力を高める働きがあるようです(Uchino, Vaughn, Carlisle, & Birmingham, 2012)。ある先駆的な研究では、ソーシャルサポートを多く受けていると報告したがん患者の配偶者は、ソーシャルサポートの報告が中央値以下であった配偶者と比較して、3つの免疫機能に関する指標のうち2つで免疫機能が向上する兆候が見られました(Baron, Cutrona, Hicklin, Russell, & Lubaroff, 1990)。他の集団の研究でも、認知症患者の配偶者介護者、医学生、高齢者、がん患者などにおいて、同様の結果が得られています (Cohen & Herbert, 1996; Kiecolt-Glaser, McGuire, Robles, & Glaser, 2002)。
さらに、スピーチや暗算など、ストレスのかかる作業を行う場合にも、ソーシャルサポートが血圧を下げることが示されています (Lepore, 1998)。この種の研究では、通常、参加者は、1人で、見知らぬ人(その人は支援者でも非支援者でもよい)と一緒に、または友人と一緒に、ストレスのかかる作業を行うように指示されます。一般に、友人と一緒にテストを受けた被験者は、一人でテストを受けた被験者や他人と一緒にテストを受けた被験者よりも血圧が低くなります(Fontana, Diegnan, Villeneuve, & Lepore, 1999)。ある研究では、ストレスの多い暗算を行う112人の女性参加者は、他人ではなく友人からサポートを受けた場合に血圧が低下しましたが、それはその友人が男性であった場合に限られました(Phillips, Gallagher, & Carroll, 2009)。この結果はやや解釈が難しいものですが、著者らは、女性は他の女性、特に自分がその意見に価値を認めている女性からは、支援よりむしろ査定されていると感じている可能性があると述べています。
以上の知見を総合すると、ソーシャルサポートが良好な健康状態に結びつく理由の一つは、ストレスの多い状況下でいくつかの有益な生理的効果を発揮するためであることが示唆されます。しかし、社会的支援が健康的な食事、運動、禁煙、医療への協力など、より良い健康行動につながる可能性を考慮することも重要である(Uchino, 2009)。
DIG DEEPER ストレスと差別
偏見や差別を受けることは、多くの否定的な結果と関連しています。多くの研究が、社会から逸脱した集団にとって差別がいかに大きなストレッサーであるかを示しています(Pascoe & Smart Richman, 2009)。差別は、スティグマを受けた集団の人々の身体的・精神的健康に悪影響を及ぼします。社会心理学を学ぶとわかりますが、さまざまな社会的アイデンティティ(ジェンダー、年齢、宗教、セクシュアリティ、民族性など)によって、人々は同時に複数の形態の差別にさらされることが多く、それが心身の健康にさらに強い悪影響を及ぼします(Vines, Ward, Cordoba, & Black, 2017)。
コントロール可能性の認知と汎適応症候群は、差別が心身の健康に影響を与える過程を説明するのに役立ちます。差別は、コントロール不能で持続的、かつ予測不可能なストレッサーとして概念化することができます。差別的な出来事が起こると、その対象者はまず急性ストレス反応(警告反応期)を経験します。この急性反応だけでは、通常、健康に大きな影響を与えることはありません。しかし、差別は慢性的なストレッサーとなる傾向があります。疎外された集団の人々が繰り返し差別を経験すると、身体が迅速に行動できるように準備するため、反応性が高まります(抵抗期)。このようなストレス反応の長期的な蓄積は、やがて否定的な感情を増大させ、身体の健康を損ねることにつながります(疲はい期)。このことは、差別を受けた経験が、うつ病、心血管疾患、癌など、多くの心身の健康問題と関連していることを説明しています (Pascoe & Smart Richman, 2009)。
スティグマを持つ集団を差別によるストレスの悪影響から守るには、差別的な出来事が起こったときにその影響を軽減する保護戦略とともに、差別的な行動の発生を減らすことが必要かもしれません。公民権法は、多くの社会的状況において差別を訴追可能な犯罪とすることで、一部のスティグマをもつ集団を保護してきました。しかし、一部の集団(例えば、トランスジェンダーの人々)は、多くの場合、差別が発生したときに重要な法的手段を持っていません。さらに、現代の差別の多くは、法律の網の目をくぐるような微妙な形で生じています。例えば、特定の人種や民族に対する選択的なもてなしとして差別が経験されるかもしれませんが、簡単に他の原因による行動だとみなされるため、それに対する対応はほとんどなされません。ある種の文化的変化は、人々が微妙な差別を認識し、コントロールすることを助けるようになってきていますが、そのような変化には長い時間がかかるかもしれません。
他のストレッサーと同様に、ソーシャルサポートや健全なコーピング戦略などの緩衝材は、差別の認知の影響を低下させるのに有効であるようです。たとえば、ある研究(Ajrouch, Reisine, Lim, Sohn, & Ismail, 2010)では、デトロイトに住むアフリカ系アメリカ人の母親は、差別によって高い心理的苦痛を予測することが示されました。しかし、友人や家族から容易に利用できる感情的サポートがあった女性は、社会的資源が少ない女性よりも苦痛を経験しませんでした。
とはいえ、コーピング戦略やソーシャルサポートは差別の影響を和らげることはできても、負の影響のすべてを消し去ることはできません。差別、ストレス、そしてその結果として生じる身体的・精神的健康への影響を軽減するためには、弱者に対する法的保護の整備を含む、精力的な反差別の取り組みが必要です。
ストレス軽減のためのテクニック
ストレスに対処する方法は、自分をコントロールできる感覚を持つことや、ソーシャルサポートネットワークを構築することのほかにも数多くあります (図 14.24)。ストレスと闘うために人々がよく使う手法は運動です(Salmon, 2001)。
運動は、長時間 (有酸素) または短時間 (無酸素) のどちらでも、身体的および精神的な健康に有益であることが、よく知られています (Everly & Lating, 2002)。体力がある人は、あまり体力がない人に比べて、ストレスの悪影響に強く、ストレスからの回復が早いという証拠が多くあります (Cotton, 1990)。500 人以上のスイスの警察官および救急隊員を対象とした研究では、体力の向上はストレスの軽減と関連しており、定期的な運動はストレス関連の健康問題から保護されると報告されています (Gerber, Kellman, Hartman, & Pühse, 2010)。

運動が有益である理由の1つは、ストレスによる有害な生理的メカニズムのいくつかを緩衝する可能性があるためです。ある研究では、6週間運動させたラットは、軽いストレッサーに対するHPA軸(視床下部-下垂体-副腎)の反応性が低下したことが示されています (Campeau et al., 2010)。高ストレス者では、運動がテロメアの短縮を防ぐことが示されています。定期的に運動している人に若々しい外見がよく見られるのは、このためかもしれません(Puterman et al.、2010)。
さらに、成人後の運動は、海馬と記憶に対するストレスの有害な影響を最小限に抑えるようです (Head, Singh, & Bugg, 2012)。がん生存者では、運動は不安(Speck, Courneya, Masse, Duval, & Schmitz, 2010)と抑うつ症状(Craft, VanIterson, Helenowski, Rademaker, & Courneya, 2012)を軽減することが示されています。明らかに、運動はストレスを調整するための非常に効果的なツールなのです。
1970年代、心臓専門医のHerbert Bensonは、弛緩反応法と呼ばれるストレス軽減法を開発しました(Greenberg, 2006)。弛緩反応法は、リラクゼーションと超越瞑想を組み合わせたもので、4つの要素から構成されています(Stein, 2001)。
- 座り心地の良い椅子に正座し、足を地面につけ、体をリラックスさせる。
- 静かな環境で、目を閉じる。
- 「心を見つめて、体にやすらぎを」というような言葉(マントラ)を自分に言い聞かせる。
- 自然や体に栄養を届ける血液の温かさなど、心地よい思考に心をゆだねる。
弛緩反応法のアプローチは、交感神経の覚醒を抑えるストレス軽減のための一般的なアプローチとして概念化されており、高血圧の人々の治療に効果的に用いられています(Benson & Proctor, 1994)。
また、1970年代前半にハーバード大学のGary Schwartzが開発したバイオフィードバックは、ストレスに対抗するための技術です。バイオフィードバックでは、電子機器を用いて、人の神経筋活動や自律神経活動を正確に測定し、視覚信号や聴覚信号としてフィードバックします。この方法の主な前提は、誰かにバイオフィードバックを提供することで、通常は不随意である身体的プロセスを、ある程度自発的にコントロールできるようになる戦略を身につけることができるということです (Schwartz & Schwartz, 1995)。バイオフィードバックの研究では、顔の筋肉の動き、脳の活動、皮膚の温度など、さまざまな身体的指標が用いられており、緊張性頭痛、高血圧、喘息、恐怖症の患者に対してうまく適用されています(Stein, 2001)。
- 図14.23 (credit a: modification of work by “Damian Gadal_Flickr”/Flickr; credit b: modification of work by Christian Haugen)
- 図14.24 (credit a: modification of work by “UNE Photos”/Flickr; credit b: modification of work by Caleb Roenigk; credit c: modification of work by Dr. Carmen Russoniello)
- Access free at https://openstax.org/books/psychology-2e/pages/14-4-regulation-of-stress