8.3 記憶の問題

08 記憶

学習目標

  • 記憶喪失の2つのタイプを比較対照する
  • 目撃者証言の信頼性の低さについて説明する
  • 符号化不全について
  • 様々な記憶エラーについて説明する
  • 干渉の2つのタイプを比較対照する
妻を帽子とまちがえた男 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫) | オリヴァー サックス, Oliver Sacks, 高見 幸郎, 金沢 泰子 |本 | 通販 | Amazon
Amazonでオリヴァー サックス, Oliver Sacks, 高見 幸郎, 金沢 泰子の妻を帽子とまちがえた男 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)。アマゾンならポイント還元本が多数。オリヴァー サックス, Oliver Sacks, 高見 幸郎, 金沢 泰子作品ほか、お急ぎ便対象商品は当日お届けも可能。また妻を帽子...

あなたは、友人や家族全員の生年月日や年齢を覚えていることを誇りに思っているかもしれませんし、Chuck E. Cheese’s(レストランとゲームセンターが合体した、アメリカの子供向けの店)での5歳の誕生日パーティーの詳細を鮮明に思い出すことができるかもしれません。しかし、誰でも記憶力が低下して、悔しい思いをしたり、恥ずかしい思いをしたりしたことがあるはずです。これにはいくつかの理由があります。

健忘

健忘amnesiaとは、病気や身体的外傷、心的外傷の結果として起こる長期記憶の喪失です。トロント大学のEndel Tulvingエンデル・タルヴィング(2002)らは、K.C.を何年も研究しました。K. C.はバイク事故で頭部に外傷を負い、その後、重度の記憶喪失に陥りました。タルヴィングはこう書いています。

K.C.の精神状態の特徴は、自分の人生の出来事や状況を全く覚えていないことである。このエピソード性の健忘は、生まれてから現在に至るまでの全人生を対象としている。唯一の例外も、いつもこの1、2分の間に経験したことに限られている。(Tulving, 2002, p. 14)

前向性健忘

記憶喪失には、一般的に前向性健忘と逆向性健忘の2つのタイプがあります(図8.10)。前向性健忘は、頭を殴られるなどの脳外傷が原因で起こることが多いものです。前向性健忘anterograde amnesiaでは、新しい情報を覚えられませんが、怪我をする前に起こった情報や出来事は覚えています。通常、海馬が影響を受けます(McLeod, 2011)。これは、脳の損傷により、短期記憶から長期記憶への情報伝達ができなくなったこと、つまり記憶の定着ができなくなったことを示唆しています。

このタイプの健忘症の人の多くは、新しいエピソード記憶や意味記憶を形成することができませんが、新しい手続き記憶を形成することはできます(Bayley & Squire, 2002)。以前述べたH.M.の場合もそうでした。手術による脳の損傷により、彼は前向性健忘になってしまいました。彼は同じ雑誌を何度も読み返していましたが、読んだ記憶はないので、彼にとっては毎回新しいものでした。また、手術後に会った人のことも覚えていませんでした。H.M.に自己紹介されて数分席を外すと、戻ってきたときには彼にとっては知らない人になっていて、また自己紹介をしていました。しかし、同じパズルを数日続けて提示すると、以前に見た記憶がないにもかかわらず、解くスピードが日に日に速くなっていきました(再学習のため)(Corkin, 1965, 1968)。

2種類の記憶喪失を比較した単線のフロー図。中央には「出来事」と書かれた箱があり、両側から矢印が伸びています。左に伸びる矢印は「過去」という言葉に向かって左を向いており、その矢印には「逆向性健忘」というラベルが貼られています。右に伸びているのは「現在」という言葉を右に指している矢印で、矢印には「前向性健忘」というラベルが貼られています。
図8.10 逆向性健忘と前向性健忘の時系列を示した図。怪我をする前にさかのぼって、長期記憶に保存されていた情報を取り出せなくなる記憶障害を逆向性健忘という。逆に、怪我をした時点から前方に向かって、新しい記憶の形成を妨げる記憶の問題を前向性健忘という。

逆向性健忘

逆向性健忘retrograde amnesiaとは、外傷を受ける前に起こった出来事の記憶が失われることです。逆向性健忘の人は、自分の過去の一部または全部を覚えていません。エピソード記憶を思い出すことが困難なのです。ある日、病院で目を覚ますと、ベッドの周りに配偶者や子供、両親を名乗る人たちがいたとしたらどうでしょう?困ったことに、あなたは彼らの誰にも見覚えがありません。あなたは交通事故に遭い、頭に傷を負って逆向性健忘になっています。病院で目を覚ます前の人生を何も覚えていないのです。1915年の映画『Garden of Lies』から、最近ではスパイ映画の『ジェイソン・ボーン』まで、ハリウッドは1世紀近くにわたって記憶喪失の筋書きに魅了されてきました。しかし、元NFLフットボール選手のScott Bolzanスコット・ボルザンのように、実際に逆向性健忘を患っている人にとっては、ハリウッド映画のような話ではありません。Bolzan選手は、転倒して頭を打ち、一瞬にして46年間の人生を失ってしまったのです。彼は現在、記録上最も極端な逆向性健忘の一つを抱えて生きています。

動画で学習

Scott Bolzan – My Life Was Deleted
Scott Bolzan氏の健忘と人生を取り戻そうとする試みについてのビデオストーリーを見ると、より詳しく知ることができます。

記憶の構成と再構成

新しい記憶を形成することを構成constructionと呼び、古い記憶を呼び覚ますことを再構成reconstructionと呼ぶことがあります。ただ、私たちは記憶を取り出す際に、その記憶を変えたり修正したりしてしまう傾向があります。長期記憶の貯蔵庫から短期記憶に引き出された記憶には柔軟性があるのです。新しい出来事が追加されたり、過去の出来事について自分が覚えていると思っていることが変更されたりして、記憶に不正確さや歪みが生じます。人は事実を歪めようとは思わないかもしれませんが、古い記憶を取り戻し、新しい記憶と組み合わせる過程でこうしたことが起こることがあります(Roediger & DeSoto, 2015)。

被暗示性

犯罪を目撃した人がいる場合、その人が犯罪の詳細を記憶しているかどうかは、容疑者を捕まえる上で非常に重要です。記憶は非常にもろいものであるため、被暗示性の問題により、目撃者は簡単に(そして多くの場合、意図せずに)誤った方向に導かれてしまう可能性があります。被暗示性suggestibilityとは、外部からの誤った情報により、誤った記憶が作られてしまうことを言います。2002年秋、ワシントンDCでは、ガソリンスタンドにいる人、ホームデポを出た人、道を歩いている人などを狙撃する事件が発生しました。これらの攻撃は3週間以上にわたってさまざまな場所で行われ、10名の方が亡くなりました。この間、想像できるように、人々は家を出ることも、買い物に行くことも、近所を歩くことさえも怖かったのです。警察官とFBIは事件解決のために必死に働き、情報提供ホットラインが設置されました。警察には14万件以上の情報が寄せられ、その結果、約3万5千人の容疑者が浮上しました(Newseum, n.d.)。

ほとんどの情報は使い道のないものでしたが、ある銃撃事件の現場では白いバンが目撃されました。警察署長は、その白いバンの写真を持って全国ネットのテレビに出ました。記者会見の後、他にも何人かの目撃者から「私も銃撃現場から白いバンが逃げるのを見た」という電話がありました。当時、白いバンは7万台以上もあったといいます。警察官も一般市民も、目撃者の証言を信じて、ほとんど白いバンにしか注目しませんでした。それ以外の情報は無視されたのです。最終的に容疑者が捕まったとき、彼らは青いセダンを運転していました。

このように、私たちはニュースを見ただけで暗示にかかりやすく、また、誰かが言った暗示なのに、それを覚えていると主張することもあります。暗示が、誤った記憶の原因となるのです。

目撃者の誤認

警察官、検察官、裁判所は、犯罪者を起訴する際に、記憶や再構成の過程がもろいものであるにもかかわらず、しばしば目撃者の識別や証言に頼ります。目撃者の識別や証言に誤りがあると、誤った有罪判決が下されてしまうことがあります(図8.11)。

棒グラフのタイトルは、"Leading causes of wrongful conviction in DNA exoneration cases (source: Innocence Project)"。X軸には "主要原因"、Y軸には "誤判例の割合(最初の239件のDNA免罪事件)"と書かれています。4本のバーがデータを示しています。"目撃者の誤認」が約75%、「法医学」が約49%、「虚偽の自白」が約23%、「情報提供者」が約18%のケースで主な原因となっている。
図 8.11 イノセンス・プロジェクトは、DNA 証拠によって犯罪の疑いが晴れたケースを調査した結果、 目撃者の誤認が不当な有罪判決の主な原因であることを発見した(Benjamin N. Cardozo School of Law, Yeshiva University, 2009)。

これはどのようにして起こるのでしょうか?1984年、ノースカロライナ州で当時22歳の大学生だったJennifer Thompsonジェニファー・トンプソンが、ナイフを突きつけられて残酷にレイプされました。レイプされている間、彼女はレイプ犯の顔や身体的特徴を細部まで覚えようとし、もし生き残ったら、彼を有罪にするために協力しようと誓いました。警察に連絡すると、容疑者の似顔絵が作成され、Jenniferは6枚の写真を見せられました。そのうちの2枚を選び、そのうちの1枚がRonald Cottonロナルド・コットンでした。4〜5分ほど写真を見た後、彼女は「そう。これだわ」と言い、さらに「この人だと思う」と付け加えました。刑事は、「本当ですか?確信はありますか?」と聞き、 彼女は「この人よ」と答えました。そして、刑事にこれでよいか尋ねると、刑事は「よくやった」と言って彼女の選択を補強しました。このような警察官の意図しない合図や提案は、目撃者に誤った容疑者を特定させてしまう可能性があります。地方検事は、彼女が一度目に見たときに確信が持てなかったことを気にして、彼女に7人の男性の容疑者を見せました。彼女は、4番と5番のどちらにしようか迷った末、最終的に5番のCottonが “最も似ている “と判断したそうです。彼は22歳でした。

裁判が始まる頃には、 Jennifer Thompson は、自分がRonald Cottonにレイプされたことを全く疑わなくなっていました。彼女は公聴会で証言し、その証言は彼を有罪にするのに十分な説得力を持っていました。彼女は、「この人だと思う」「一番似ている」という状態から、どのようにしてここまでの確信に至ったのでしょうか。Gary Wells と Deah Quinlivan (2009) は、警察の暗示的な身元確認方法が原因だと主張しています。例えば、被告を目立たせるために並べたり、目撃者にどの人物を特定するかを指示したり、目撃者の選択を確認するために「いい選択だ」とか「こいつなんだな」と言ったりします。

Cottonはレイプ事件で有罪判決を受けた後、終身刑+50年の懲役を課せられました。懲役4年の後、彼は再審を受けることができました。 Jennifer Thompson は再び彼に不利な証言をしました。今度はRonald Cottonに2つの終身刑が下されました。11年間服役した後、DNAの証拠により、Ronald Cottonはレイプをしておらず、無実であり、犯していない罪で10年以上も服役していたことがようやく証明されました。

動画で学習

Eyewitness Testimony Part 1
冤罪だったロナルド・コットンについての動画
Eyewitness Testimony Part 2
告発者の課題についての動画

Ronald Cottonの話は、残念ながら特別なものではありません。冤罪で死刑囚になった人でも、後に冤罪を晴らした人はいます。イノセンス・プロジェクトは、目撃者の証言によって有罪となった人を含め、冤罪を晴らすために活動する非営利団体です。もっと詳しく知りたい方は、イノセンス・プロジェクト(アメリカ)(日本)のウェブサイトをご参照ください。

目撃者の記憶を守る:エリザベス・スマート事件

Cottonの事件とElizabeth Smartエリザベス・スマートの事件を比較してみましょう。Elizabethは14歳の頃、自宅のベッドで眠っているときに、ナイフを突きつけられて誘拐されました。9歳の妹、メアリー・キャサリンは同じベッドで寝ていて、最愛の姉が誘拐されるのを怯えながら見ていました。メアリー・キャサリンは、この犯罪の唯一の目撃者であり、非常に恐怖を感じていました。ソルトレークシティの警察とFBIは、メアリー・キャサリンに慎重に対応しました。誤った記憶を植え付けたり、誤解を招いたりしないようにしたのです。警察官の顔写真を見せたり、誘拐犯の似顔絵を描けと迫ることもしませんでした。彼女の記憶を壊せば、Elizabethが見つからなくなるかもしれないからです。数ヶ月間、事件はほとんど進展しませんでした。しかし、誘拐事件から4ヵ月後、メアリー・キャサリンは、あの夜以前に誘拐犯の声を聞いたことがあると初めて思い出し、その声の主の名前を言えるようになったのです。家族は報道機関に連絡し、他の人も彼を認識しました。合計9ヶ月後、容疑者は逮捕され、Elizabeth Smartは家族の元に戻ったのです。

誤情報効果

認知心理学者のElizabeth Loftusエリザベス・ロフタスは、記憶に関する幅広い研究を行っており、虚偽記憶や、幼少期の性的虐待による記憶の回復について研究しています。ロフタスは、誤情報効果misinformation effectという考えを提唱しています。これは、人は、不正確な情報にさらされると、元の出来事を誤って記憶してしまうことがあるというものです。

Loftusによると、目撃者の記憶は誤情報効果によって非常に柔軟になるといいます。この理論を検証するために、LoftusとJohn Palmer(1974)は、アメリカの大学生45人に、さまざまな形式の質問を使って車の速度を推定してもらいました(図8.12)。

交通事故の映像を見せて、参加者に目撃者の役割をさせ、起こったことを説明させました。そして、参加者は、「車が“ぶつかった(smashed, collided, bumped, hit, contacted)”ときの速度はどのくらいですか?」と質問されました。参加者は、使われた動詞に基づいて、車の速度を推定しました。

「激突したsmashed」という言葉を聞いた参加者は、「接触したcontacted」という言葉を聞いた参加者よりもはるかに速い速度で車が走っていたと推定しました。聞いた動詞に基づく速度に関する暗黙の情報が、参加者の事故の記憶に影響を与えていたのです。1週間後の追跡調査では、参加者に割れたガラスを見たかどうかを尋ねました(事故の写真には何も映っていなかった)。その結果、「激突したsmashed」グループに属していた参加者は、ガラスを見たことを覚えていると答える割合が2倍以上になりました。LoftusとPalmerは、誘導尋問によって、車が速く走っていたと思い出させただけでなく、ガラスが割れているのを見たと偽って覚えていることも証明したのです。

<!-- wp:paragraph -->
<p>写真Aは、互いに衝突した2台の車です。パートBは、"perceived speed based on questioner's verb (source: Loftus and Palmer, 1974) "というタイトルの棒グラフです。X軸は "質問者の動詞"、Y軸は "知覚された速度(mph)"と書かれています。5本のバーがデータを共有している。これは、"smashed "が約41mph、"collided "が約39mph、"bumped "が約37mph、"hit "が約34mph、"contacted "が約32mphと認識されている。</p>
<!-- /wp:paragraph -->
図8.12 ある出来事について誘導的な質問をされると、その出来事の記憶が変わってしまうことがある。

動画で学習

抑圧された記憶と回復記憶をめぐる論争

起こってもいないのに、言葉だけでなく起こってもいない出来事すら誤って思い出されることがあるという研究者もいます。トラウマとなるような出来事の記憶が抑圧されるという考えは、Sigmund Freudジークムント・フロイト に始まる心理学の分野でのテーマであり、その考えをめぐる論争は現在も続いています。

虚偽の自伝的記憶を想起してしまうことを虚偽記憶症候群false memory syndromeといいます。この症候群は、特に独立した目撃者がいない――多くの場合、虐待の目撃者は加害者と被害者だけ(性的虐待など)――出来事の記憶に関連しており、多くの人に注目されています。

一方で、幼少期に虐待を受けた後、何年も経ってからその記憶を取り戻したとされる人たちもいます。こう考える研究者は、子供たちの中には、あまりにもトラウマになるような苦しい経験をしたために、普通の生活を送るためにはその記憶を封じ込めなければならないのだと主張しています。彼らは、抑圧された記憶は何十年もの間閉じ込められ、後に催眠やガイド付きのイメージ法によって完全なまま思い出すことができると信じています(Devilly, 2007)。

調査によると、子供の頃の性的虐待の記憶がないというのは、大人でもよくあることだそうです。例えば、John BriereとJon Conte(1993)が行ったある大規模な研究では、18歳以前に起きた性的虐待の治療を受けていた450人の男女のうち、59%がその経験を忘れていたことが明らかになっています。Ross Cheit(2007)は、こうした記憶を抑圧することが、大人になってからの心理的苦痛を生むことを示唆しています。リカバード・メモリー・プロジェクトRecovered Memory Projectは、小児期の性的虐待の被害者がこれらの記憶を思い出し、治癒過程を始められるように作られました(Cheit, 2007; Devilly, 2007)。

一方、Loftusは、性的虐待を含む幼少期のトラウマ的な出来事の記憶を抑圧し、何年か後に催眠、イメージ療法、年齢退行などの治療技術によってその記憶を回復させることができるという考えに異議を唱えています。

Loftusは、幼少期の性的虐待が起こらないと言っているわけではありませんが、それらの記憶が正確であるかどうかを疑問視しているのです。また、セラピストのわずかな暗示でも誤情報効果があることを踏まえ、これらの記憶にアクセスするための質問のプロセスにも懐疑的です。例えば、研究者のStephen CeciとMaggie Brucks(1993, 1995)は、3歳の子供たちに、解剖学的に正しい人形を使って、小児科医が診察中にどこを触ったかを示すように頼みました。その結果、性器の検査を受けていないときでさえ、55%の子どもが人形の性器や肛門を指し示しました。

1970年代にLoftusが目撃証言の被暗示性に関する最初の研究を発表して以来、社会科学者、警察官、セラピスト、法曹関係者は、インタビューのやり方に欠陥があることを認識してきました。その結果、目撃者の被暗示性を減少させるための手段がとられるようになりました。一つは、証人への質問の仕方を変えることです。面接官が中立的で誘導的でない言葉を使うと、子どもたちは何が起こったのか、誰が関与していたのかを、より正確に思い出すことができます(Goodman, 2006; Pipe, 1996; Pipe, Lamb, Orbach, & Esplin, 2004)。もう一つの変化は、警察のラインナップの方法です。これは、ブラインド・フォト・ラインアップを使用することが推奨されています。この方法では、ラインナップを担当する人はどの写真が容疑者のものかわからないので、誘導尋問の可能性を最小限に抑えることができます。また、いくつかの州では、裁判官が陪審員に誤認の可能性を伝えています。また、裁判官は、目撃者の証言が信頼できないと判断した場合、その証言を抑制することができます。

忘却

$$I’ve\ a\ grand\ memory\ for\ forgetting$$

Robert Louis Stevenson

忘却forgettingとは、長期記憶から情報が失われてしまうことです。愛する人の誕生日、誰かの名前、車の鍵をどこに置いたかなど、誰にでも忘れてしまうことはあります。ご存知のように、記憶はもろく、忘れることでイライラしたり、恥ずかしい思いをすることもあります。しかし、なぜ人は忘れるのでしょうか?この疑問に答えるために、「忘れること」についていくつかの視点から考えてみましょう。

符号化の失敗

実際の記憶プロセスが始まる前に記憶の喪失が起こることがありますが、これは符号化の失敗です。そもそも記憶に保存されていなければ、何かを思い出すことはできません。これは、実際には購入もダウンロードもしていない本を電子書籍リーダーで探そうとするようなものです。何かを思い出すためには、細部にまで注意を払い、積極的に情報を処理しなければならないことがよくあります(努力を要する符号化)。しかし、多くの場合、私たちはこれを行いません。例えば、硬貨を人生で何回見たか考えてみてください。あなたは、硬貨の表面がどのような形をしているか、正確に思い出すことができますか?研究者のRaymond Nickersonレイモンド・ニッカーソンMarilyn Adamsマリリン・アダムス(1979)が1セント硬貨についてこの質問をしたところ、ほとんどのアメリカ人がどちらか分からないことが分かりました。その理由は、符号化の失敗である可能性が高いです。ほとんどの人は、硬貨の詳細を符号化しません。他のコインと区別できる程度の情報しか符号化しないわけです。もし情報を符号化しなければ、その情報は長期記憶にないので、私たちはそれを思い出すことができないのです。

図8.13 アメリカの5セント硬貨を正確に描いたコインは、(a)、(b)、(c)、(d)のどれだろうか?正解は(c)。

記憶のエラー

記憶の研究で有名な心理学者Daniel Schacterダニエル・シャクター(2001)は、記憶が私たちを失敗させる7つの方法を提示しています。これらを「記憶の7つの罪seven sins of memory」と呼び、「忘却forgetting」「歪曲distortion」「侵入intrusion」の3つのグループに分類しています(表8.1)。

分類説明
物忘れTransience忘却記憶のアクセス性は時間とともに低下する昔に起こった出来事を忘れる
不注意Absentmindedness忘却注意力の低下による忘却携帯電話の位置を忘れる
妨害Blocking忘却情報へのアクセスが一時的にブロックされるTOTTip of the tongue現象(喉まで出かかっている)
混乱Misattribution歪曲記憶の出所が混同される夢の記憶を覚醒時の記憶として思い出す
暗示Suggestibility歪曲偽の記憶誘導尋問による虚偽記憶
バイアスBias歪曲現在の信念体系によって歪められた記憶現在の信念に記憶を合わせる
つきまといPersistence侵入望ましくない記憶を忘れることができないトラウマのある出来事
表8.1シャクターの「記憶の7つの罪」

忘却のエラーの第一の罪である物忘れtransienceについて見てみましょう。これは、時間の経過とともに記憶が薄れてしまうことを意味します。例としては次のようなものです。ネイサンの英語の先生は、生徒に小説『アラバマ物語(To Kill a Mockingbird)』を読むように命じた。ネイサンは学校から帰ってきて、お母さんに授業でこの本を読まなければならない。お母さんは「ああ、その本は大好きだったわ!」と言う。ネイサンがその本の内容を尋ねると、彼女は少しためらった後、「そうね。主人公の一人がスカウトという名前で、彼女の父親が弁護士だということは覚えているけど、正直言ってそれ以外は何も覚えていないの」。ネイサンは母親が本当にその本を読んだのか疑問に思い、母親は筋書きを思い出せないことに驚いています。ここで起こっているのは、記憶の減衰storage decayです。使われていない情報は、時間の経過とともに薄れていく傾向があります。

1885年、ドイツの心理学者Hermann Ebbinghausヘルマン・エビングハウスは、暗記のプロセスを分析しました。まず、彼は無意味な音節のリストを記憶しました。その後、それぞれのリストを再学習したときに、どれだけのことを学んだか(保持したか)を測定しました。20分後から30日後まで、さまざまな期間でテストを行いました。その結果が、彼の有名な忘却曲線です(図8.14)。記憶の減衰により、平均的な人は、20分後には記憶した情報の50%を、24時間後には70%を失うことになります(Ebbinghaus, 1885/1964)。新しい情報に対する記憶はすぐに減衰し、最終的には水平になります。

折れ線グラフは、X軸に「学習からの経過時間」と書かれ、0分、20分、60分、9時間、24時間、48時間、6日、31日という間隔で目盛りが付けられています。また、Y軸には「保持率(%)」というラベルが貼られており、0~100の範囲で設定されています。この線は、これらのおおよそのデータポイントを反映しています。0分は100%、20分は55%、60分は40%、9時間は37%、24時間は30%、48時間は25%、6日は20%、31日は10%となっています。
図8.14 エビングハウスの忘却曲線は、新しい情報の記憶がどのくらいの速さで減衰するかを示している。

あなたはしょっちゅう携帯をなくしていますか?ストーブのスイッチを切ったかどうか確認するために家に戻ったことがありますか?何かを探しに部屋に入って、そもそも何を探しているのかを忘れてしまったことはありませんか?こうした例のうち、すべてではないにしても、少なくとも1つはあてはまる人がいると思いますが、心配しないでください。あなただけではありません。私たちは皆、不注意absentmindednessという記憶のエラーを起こしやすいのです。不注意とは、注意が途切れたり、他のことに集中したりして記憶が途切れてしまうことです。

心理学者のCynthiaシンシアは、最近、不注意という記憶のエラーを起こしたときのことを思い出しました。

私が裁判所から依頼された心理評価を行っていたとき、裁判所に行くたびに、鍵のかかったドアを開けることができる磁気ストリップ付きの仮の身分証明書を発行されました。想像できると思いますが、法廷ではこの身分証明書は貴重で重要なものであり、誰も紛失したり、犯罪者に拾われたりすることを望んでいませんでした。一日の終わりに、私は仮の身分証明書を提出しました。ある日、評価がほぼ終了したとき、娘のデイケアから電話があり、娘が病気なので迎えに来てほしいと言われました。インフルエンザが流行している時期だったので、娘の体調がどの程度なのかわからず、心配になりました。私は10分で評価を終え、書類カバンに荷物を詰め込み、急いで娘のデイケアに車を走らせました。娘を迎えに行った後、私は身分証明書を返したのか、それともテーブルの上に出しっぱなしにしていたのかを思い出せませんでした。すぐに裁判所に電話して確認しました。そうしたら、私は身分証明書を返却したことがわかりました。どうして覚えていなかったんでしょう?

あなたが不注意になったのはどんなときですか?

「『オブリビオン(Oblivion)』って映画を見ていたら、あの有名な俳優が出ていたんだよね。何て名前だったっけ?『ショーシャンクの空に(The Shawshank Redemption)』とか『ダークナイト(The Dark Knight)』の3部作にも出演している人。アカデミー賞も受賞していると思うんだけど。うーん、顔は思い浮かぶし、特徴的な声もわかるんだけど、名前だけがどうしても思い浮かばない!思い出すまで、気になっていらいらしそう」

喉まで出かかっているだけに、このようなエラーはとても悔しいものです。あなたはこうした経験をしたことがありますか?もしそうなら、保存された情報にアクセスできない、妨害blockingと呼ばれるエラーを起こしています(図8.15)。

写真は、モーガン・フリーマン。
図8.15 妨害は、TOT(Tip-of-the-Tongue)現象としても知られています。例えば、有名な俳優であるモーガン・フリーマンの名前を思い出せないように、記憶はそこにあるのに、それを思い出すことができません。

ここで、歪曲についての3つのエラー、混乱、暗示、バイアスについて見てみましょう。

混乱misattributionは、情報の出所を混同したときに起こります。例えば、アレハンドラがルシアと付き合っていて、一緒にホビットの最初の映画を見たとします。その後、二人は別れ、アレハンドラは他の人と一緒に2本目のホビットの映画を見ました。その年の後半、アレハンドラとルシアは復縁しました。ある日、二人はホビットの本と映画がどう違うかを話し合っていて、アレハンドラはルシアにこう言いました。「2作目の映画をあなたと一緒に見て、あの超怖いところであなたが席から飛び出すのを見るのが好きだった」ルシアが戸惑い、そして怒りの表情で答えたとき、アレハンドラは自分が混乱を犯したことに気付きました。

テレビ番組を見た直後にレイプの被害に遭った人がいたらどうでしょう?混乱のために、被害者がテレビで見た人のせいにしてしまうことはないのでしょうか。これは、ドナルド・トムソンに実際に起こったことと同じです。

オーストラリアの目撃者専門家であるドナルド・トムソンは、テレビの生放送で目撃者の記憶の信頼性の低さについて討論した。その後、トムソンは逮捕され、顔写真を撮られ、被害者からレイプした男だと証言されました。警察はトムソンを起訴したが、レイプが起きたのは彼がテレビに出演していた時だった。警察は、彼がテレビの視聴者の目に触れるところにいて、警察の副総監を含む他の討論者たちと一緒にいたという彼のアリバイを否定した。. . . 結局、トムソンが出演していたテレビ番組を見ていた女性が強姦されたことが判明した。当局はトムソンの容疑を晴らした。女性は強姦魔の顔をテレビで見た顔と勘違いしていたのである。(Baddeley, 2004, p. 133)

2つ目の歪曲のエラーは暗示suggestibilityです。暗示は、同じように虚偽記憶を伴うので、混乱と似ていますが、異なるものです。混乱では、虚偽記憶を完全に自分で作り出します。上記のドナルド・トムソンのケースでは、被害者がそうでした。暗示の場合は、セラピストや警察のインタビュアーがインタビュー中に目撃者に誘導的な質問をするなど、誰か他の人からの影響を受けるものです。

また、記憶はバイアスbiasの影響を受けることがあります。これが3つ目の歪曲のエラーです。 Schacter(2001)によると、あなたの感情や世界観が、過去の出来事の記憶を実際に歪めてしまうことがあるそうです。バイアスにはいくつかの種類があります。

  • ステレオタイプのバイアスには、人種や性別のバイアスが含まれます。例えば、アジア系アメリカ人とヨーロッパ系アメリカ人の研究参加者に名前のリストを提示したところ、JamalやTyroneなどの典型的なアフリカ系アメリカ人の名前をバスケットボール選手という職業に関連づけて誤って覚えている頻度が高く、GregやHowardなどの典型的な白人の名前を政治家という職業に関連づけて誤って覚えている頻度が高いという結果が得られました(Payne, Jacoby, & Lambert, 2004)。
  • 自己中心性バイアスegocentric biasとは、過去の記憶を強化することです(Payne et al., 2004)。例えば、サッカーの試合でアシストしただけなのに、自分が勝利のゴールを決めたと覚えている、というようなことです。
  • 後知恵バイアスは、ある結果が必然的であったと事後的に考えるときに起こります。これは、「最初から分かっていた」と思ってしまう現象です。後知恵バイアスの原因は、記憶の再構成性にあります(Carli, 1999)。例えば、スポーツの試合が行われる前の勝敗を予想してもらい(Aが勝つ可能性は40%くらいかな)、実際にAが勝った後にAが勝つ可能性はどれくらいだったかを尋ねると、「Aが8割方勝つと思ってたんだよ」というように「最初からわかっていた」ように思ってしまうというものです。

ある曲が頭の中で何度も再生されたことはありませんか?考えたくないような、トラウマになるような出来事の記憶はどうでしょうか。何かを思い出し続けて、「頭から離れない」状態になり、他のことに集中できなくなることをつきまといpersistenceと言います。 Schacterの言う7つ目の罪であり、最後の記憶のエラーです。実際には、望ましくない記憶、特に不快な記憶を無意識に思い出してしまうため、記憶システムの障害となります(図8.16)。例えば、朝の通勤途中に恐ろしい交通事故を目撃し、その光景が頭から離れず、仕事に集中できないことが挙げられます。

写真は、2人の兵士が体を張って戦っているところです。
図8.16 紛争経験者の多くは、望まない不快な記憶を無意識に思い出してしまう。

干渉

記憶の中に情報が入っているにもかかわらず、何らかの理由でそれにアクセスできないことがあります。これは干渉interferenceと呼ばれるもので、順向干渉proactive interference逆向干渉retroactive interferenceの2種類があります(図8.17)。新しい電話番号を手に入れたり、新しい住所に引っ越したりしたのに、以前の(そして間違った)電話番号や住所を伝えてしまったことはありませんか?新年が始まったときに、誤って前の年を書いてしまったことはありませんか?これらは、古い情報が新しく学んだ情報の想起を妨げてしまう順向干渉proactive interferenceの例です。一方、逆向干渉retroactive interferenceとは、最近学んだ情報が古い情報の想起を妨げることです。例えば、今週は記憶について勉強しており、 Ebbinghausの忘却曲線について学びました。来週、あなたは生涯発達について勉強し、Eriksonエリクソンの心理社会的発達理論について学びますが、その後、Eriksonの理論しか思い出せず、 Ebbinghausの研究を思い出すのに苦労するということが起こるかもしれません。

おすすめ関連書籍

Bitly

図8.12 (credit a: modification of work by Rob Young)

図8.15 (credit: modification of work by D. Miller)

図8.16 (credit: Department of Defense photo by U.S. Air Force Tech. Sgt. Michael R. Holzworth)

Access free at https://openstax.org/books/psychology-2e/pages/8-3-problems-with-memory

タイトルとURLをコピーしました