学習目標
- 心理学における関心事や焦点の多様性を理解する
- 心理学の各分野における基本的な関心と応用を理解する
- 心理学の各分野における主要な概念や重要な人物に精通していることを示す
現代の心理学は,前項で述べた歴史的な視点のすべてから影響を受けている多様な分野です。この分野の多様性を反映して、米国心理学会( APA)の中にも多様性が見られます。APAは、米国の心理学者を代表する専門組織です。APAは世界最大の心理学者の組織であり、その使命は、人々の向上のために心理学的知識を進歩させ、普及させることにあります。APAには54の部門があり、宗教・スピリチュアリティの心理学から、運動・スポーツ心理学、行動神経科学そして比較心理学など、さまざまな専門分野があります。心理学の分野の多様性を反映して、会員は学生から博士レベルの心理学者まで幅広く、教育現場、司法、病院、軍隊、産業界などさまざまな場所から集まっています(American Psychological Association, 2014)。G. Stanley HallはAPAの初代会長です。Hallは博士号を取得する前、アンティオキア大学の教員を務めながら、歴史的に黒人の多い大学(HBCU)であるウィルバーフォース大学で非常勤講師を務めていました。ホールはその後、William Jamesに師事し、博士号を取得しました。最終的には、マサチューセッツ州にあるクラーク大学の設立時に初代学長に就任しました(Pickren & Rutherford, 2010)。
APS(Association for Psychological Science)は、1988年に設立された、心理学の科学的な発展を目指す団体です。APSは5つの研究誌を発行し、教育や資金提供機関への働きかけを行っています。APSのメンバーは、米国内のメンバーが大半を占めるものの、海外のメンバーも多くいます。他にも、NLPA、AAPA、ABPsi、SIPなど、心理学に携わるさまざまな民族や人種の専門家にネットワークやコラボレーションの機会を提供している団体があります。これらのグループのほとんどは、特定のコミュニティにおける心理的・社会的問題の研究にも力を入れています。
ここでは、今日の心理学における主要な細分化された分野の概要を、この教科書の残りの部分で紹介されている順に説明します。これはすべてを網羅するものではありませんが、現代の心理学者の研究と実践の主な分野を知ることができます。
生物心理学と進化心理学
その名が示すように、生物心理学は私たちの生物学的側面が行動にどのような影響を与えているかを探求する学問です。生物心理学は幅広い分野ですが、多くの生物心理学者は、神経系の構造と機能が行動にどのように関係しているかを理解したいと考えています(図1.10)。そのため、この目標を達成するために、心理学者と生理学者の両方の研究戦略を組み合わせることがよくあります(Carlson, 2013)。

生物心理学者の研究対象は、感覚・運動系、睡眠、薬物使用・乱用、摂食行動、生殖行動、神経発達、神経系の可塑性、心理的障害の生物学的相関など、さまざまな領域にわたっています。生物心理学の対象となる分野が広いことを考えると、生物学者、医療従事者、生理学者、化学者など、さまざまなバックグラウンドを持つ人々がこの研究に参加していることは驚くことではありません。このような学際的なアプローチは、神経科学と呼ばれることが多く、生物心理学はその一部です(Carlson, 2013)。
生物心理学は通常、人間や他の動物の生理学に基づく行動の直接的な原因に焦点を当てますが、進化心理学は行動の究極的な生物学的原因を研究しようとします。行動が遺伝の影響を受ける範囲では、行動は、人間や動物の解剖学的特性と同様に、周囲の環境への適応を示します。これらの環境には、物理的環境と、社会的環境(生物間の相互作用が生存と繁殖に重要であるため)が含まれます。進化の文脈における行動の研究は、自然淘汰による進化の理論を共同で発見したCharles Darwinに端を発しています。Darwinは、行動が適応的であるべきことをよく理解しており、この分野を探求するために『The Descent of Man』(1871年、邦訳『人間の由来』)、『The Expression of the Emotions in Man and Animals』(1872年、邦訳『人及び動物の表情について』)という本を書きました。
進化心理学、特に人間の進化心理学は、ここ数十年で再び注目を集めています。自然選択による進化の対象となるためには、行動に重要な遺伝的原因がなければなりません。一般的に、人間の集団間の遺伝的な違いは小さいので、遺伝的に原因となる行動があれば、すべての人間の文化がその行動を表現すると考えられます。進化心理学者の多くは、進化論に基づいて特定の状況における行動の結果を予測し、その結果が理論と一致するかどうかを観察、または実験するというアプローチをとっています。
このような研究は、行動には遺伝的な部分もあり、文化的な部分もあるという情報が不足しているため、行動が適応的であるという強い証拠にはならないことを認識することが重要です(Endler, 1986)。特に人間の場合、ある形質が自然に選択されたものであることを証明するのは非常に難しいことです。そのためか、進化心理学者の中には、自分たちが研究している行動には遺伝的な決定要因があると仮定して満足している人もいます(Confer et al., 2010)。
進化心理学のもう一つの難点は、私たちが現在持っている特性は、人類の歴史の中ではるか昔の環境や社会的条件の下で進化したものであり、その条件がどのようなものであったかについての理解が不十分であることです。そのため、何が行動に適応的であるかを予測することが難しいのです。行動特性は、現在の環境下で適応する必要はなく、過去に進化した時の環境下で適応する必要がありますが、そうしたことについて、私たちは仮説を設けることしかできません。
人間の行動には、進化論により予測可能な分野がたくさんあります。例えば、記憶、交尾相手の選択、親族間の関係、友情と協力、子育て、社会組織、地位などです(Confer et al.2010)。
進化心理学者は、実験により予想と一致した観察結果を見出すことに成功しています。その一例として、Buss(1989)は、37の文化圏にまたがる男女間の伴侶選好の違いを研究した結果、女性は男性よりも稼ぎにつながる潜在的要素を重視し、男性は女性よりも生殖につながる潜在的要素(若さと魅力)を重視することを明らかにしました。一部の文化では乖離が見られたものの、全般的には進化論の予測と一致していました。
感覚と知覚
感覚器の生理学的な側面と、感覚情報の心理的な経験の両方に興味を持つ科学者は、感覚と知覚の分野で研究を行っています(図1.11)。このように、感覚と知覚の研究は、非常に学際的です。あるクラスから別のクラスに移動するときに、ビルの間を歩くことを想像してみてください。あなたに、景色、音、触覚、そして匂いといったものが押し寄せてきます。また、あなたは、周りの空気の温度を感じたり、バランスを取りながら歩いたりします。これらはすべて、感覚と知覚の領域で働く人にとって関心のある要素です。

感覚と知覚の研究結果に焦点を当てた後の章で説明するように、私たちが世界を経験するということは、すべての感覚情報(または感覚)の合計を合わせたような単純なものではありません。むしろ、私たちの経験(あるいは知覚)は複雑であり、どこに注意を向けるか、過去の経験、さらには文化的背景にも影響されます。
認知心理学
前節で述べたように、認知革命により、心理学者は行動の背景にある心、そして心的過程をよりよく理解することに関心を向けるようになりました。認知心理学は、認知(思考)と経験・行動の関係を研究する学問です。生物心理学と同様に、認知心理学もその領域は広く、さまざまな分野の人々が協力して研究を進めています。したがって、この分野の研究の学際性を表現するために、認知科学という言葉が生まれました(Miller, 2003)。
認知心理学者の研究対象は、注意、問題解決、言語、記憶など、多岐にわたっています。また、これらのテーマを研究する際に使用されるアプローチも同じく多様です。こうした多様性のため、認知心理学は、このテキストの1つの章に収まるものではありません。感覚と知覚、思考と知能、記憶、生涯発達、社会心理学、セラピーなどの章で、認知心理学に関連するさまざまな概念を取り上げます。
発達心理学
発達心理学は、生涯にわたる発達を科学的に研究する学問です。発達心理学者は、身体的な成熟に関連するプロセスに関心があります。しかし、その対象は加齢に伴う身体的な変化だけではなく、認知能力、道徳的理性、社会的行動、その他の心理的属性の変化にも注目しています。
初期の発達心理学者は、主に大人になるまでの変化に着目し、幼い子どもと大人の間に存在する身体的、認知的、社会的能力の違いについて多大な示唆を与えてくれました。例えば、Jean Piagetの研究(図1.12)では、非常に幼い子どもは物体の永続性を示さないことが明らかになりました。ものの永続性とは、物体はたとえ目に見えなくても存在し続けるという理解のことです。大人におもちゃを見せた後、カーテンの後ろに隠したとしても、大人はそのおもちゃがまだ存在するということを知っています。しかし、幼い赤ちゃんは、隠したものが存在しないかのように行動します。ものの永続性が達成される年齢については、若干の議論があります(Munakata, McClelland, Johnson, and Siegler, 1997)。

Piagetは、乳幼児期から成人期にかけての認知能力の変化に着目していましたが、最近では、もっと後の時期に起こる変化についても研究が進められています。これは、先進国全体の人口動態の変化を反映しているのかもしれません。長生きする人が増えれば増えるほど、高齢者の数も増えていきます。実際、2010年の米国では、65歳以上の高齢者が4,000万人強いると推定されています。しかし、2020年には、この数は約5,500万人に増加すると予想されています。そして2050年には、9,000万人近くが65歳以上の高齢者になると推定されています(Department of Health and Human Services, n.d.)。
補足:日本での高齢者人口
65歳以上の高齢者人口は、2020年現在3617万人であり、過去最多となりました。総人口に占める割合も28.7%と、前年(28.4%)に比べ0.3ポイント上昇し、過去最高かつ世界最高となっています(統計からみた我が国の高齢者 – 総務省統計局より)。
人格心理学
人格心理学は、各個人をその人たらしめている思考と行動のパターンに焦点を当てています。心理学の歴史的概観ですでに取り上げた何人かの人物(FreudやMaslowなど)や、アメリカの心理学者Gordon Allportは、初期の人格理論に貢献しました。
初期の理論家たちは、個人の人格がどのように形成されていくのかを、それぞれの視点から説明しようとしました。例えば、Freudは、人格は意識と無意識の間の葛藤が生涯にわたって行われることによって生じると提唱しました。具体的には、彼は個人がさまざまな心理性的発達段階を経ることを理論化しました。彼によれば、大人の人格は、性感帯(性的快感をもたらす)が、口腔、肛門、男根、性器へと移動することを中心とした様々な葛藤の解決から生まれるといいます。Freudの理論の多くがそうであったように、この特定の考えも議論の余地があり、実験的な検証には適していませんでした(Person, 1980)。
最近では、パーソナリティの研究は、より定量的なアプローチを取っています。性格がどのようにして生じるかを説明するのではなく、性格特性を特定し、それらの特性を測定し、特定の状況下でこれらの特性がどのように相互作用して、人がどのような状況でどのように行動するかを決定することに研究の焦点が当てられています。性格特性は、比較的一貫した思考や行動のパターンであり、個人によって異なる性格を捉えるには、5つの特性次元があれば十分であると多くの人が提唱しています。この5つの次元は、「ビッグファイブ」または「5因子モデル」と呼ばれ、誠実性、調和性、神経症傾向、開放性、外向性の次元を含んでいます(図1.13)。これらの特性は、生涯にわたって比較的安定していることが実証されており(例えば Rantanen, Metsäpelto, Feldt, Pulkinnen, and Kokko, 2007; Soldz & Vaillant, 1999; McCrae & Costa, 2008)、遺伝の影響も受けています(Jang, Livesly, and Vernon, 1996)。

社会心理学
社会心理学は、私たちがどのように他者と関わりを持つかに焦点を当てています。社会心理学者は、自分の行動を説明する方法と他人の行動を説明する方法の違い、偏見、魅力、対人関係の対立を解決する方法など、さまざまなテーマで研究を行っています。また、社会心理学者は、他の人と一緒にいることで、自分の行動や思考パターンがどのように変化するかを調べています。
社会心理学の研究には興味深い例がたくさんあり、その多くはこの教科書の後の章で紹介されますが、ここでは、これまでに行われた中で最も議論を呼んだ心理学的研究の1つを紹介します。
Stanley Milgramはアメリカの社会心理学者で、「服従」に関する研究で有名です。ホロコースト後の1961年、大量の残虐行為を行ったとされるナチスの戦犯、Adolf Eichmannが裁判にかけられたときのことです。多くの人々は、ドイツの兵士が強制収容所で囚人を拷問することができることを不思議に思い、兵士が発する「単に命令に従っただけだ」という言い訳に不満を抱いていました。当時の心理学者の多くは、「命令に従っているからといって、あれほどの苦痛を与えようとする人はほとんどいないだろう」と考えていました。Milgramは、それが本当かどうかを確かめるために研究を行うことにしました(図1.14)。
後の章で述べるように、Milgramは、権威者(この場合は白衣を着た男性)に指示されただけで、被験者の3分の2近くが、死に至ると思われる衝撃を他人に与えてもよいと考えていることを発見しました。参加者が報酬を得るには調査に参加するだけでよく、調査を辞退することで他人に苦痛を与えたりより深刻な結果を招いたりしないように選択することができたにもかかわらず、です。なお、Milgramの実験は、研究協力者(研究に参加しているふりをしているが、実際には研究者のために働いていて、研究中にどのように行動すべきか明確で具体的な指示を受けている人)を利用した巧妙なものであり、実際には誰も傷ついたりはしていません(Hock, 2009)。
なお、Milgramのものをはじめとする研究は、研究参加者を欺き、精神的な被害を与える可能性がありました。そのことから、被害を与えないと主張できる場合を除き、研究対象者を欺くことを禁止し、原則として参加者のインフォームド・コンセント(説明を受け、納得した上での同意)を必要とするといった、心理学研究を行う際の倫理的ガイドラインが作成されるようになりました。

産業・組織心理学
産業・組織心理学(I-O心理学)は、心理学の理論、原則、および研究結果を産業・組織環境に適用する心理学の分野です。産業・組織心理学の専門家は、人事管理、組織構造、職場環境などの問題に関わることが多くあります。企業は、最良の雇用決定を行うために、また従業員の生産性と効率性を高めるための環境を作るために、しばしば産業・組織心理学者の助けを求めます。産業・組織心理学は、その応用的な性質に加えて、産業・組織環境における行動に関する科学的研究を行うこともあります(Riggio, 2013)。
健康心理学
健康心理学は、健康が生物学的、心理学的、および社会文化的要因の相互作用によってどのように影響されるかに焦点を当てます。この特別なアプローチは、生物・心理・社会モデルとして知られています(図1.15)。

健康心理学者は、公共政策、教育、介入、研究を通じて、個人がよりよい健康状態を得られるよう支援することに関心があります。健康心理学者は、人の遺伝的構成、行動パターン、人間関係、心理的ストレス、そして健康との関係を探る研究を行うかもしれません。また、健康を損なう原因となる行動様式に対処するために、人々を動機づける効果的な方法を研究することもあります(MacDonald, 2013)。
スポーツ・運動心理学
スポーツ・運動心理学の研究者は、モチベーションやパフォーマンスの不安など、スポーツパフォーマンスの心理的側面を研究し、スポーツが精神的・感情的な健康状態に与える影響を調べます。また、一般的な運動に関連した同様のテーマについても研究しています。また、スポーツや運動よりも広い範囲で、消防、軍事活動、芸術、手術などの過酷な状況下での精神的・肉体的パフォーマンスの相互作用に関連するテーマも含まれています。
臨床心理学
臨床心理学は、精神的疾患やその他の問題行動パターンの診断と治療に焦点を当てた心理学の分野です。そのため、一般的には心理学の中でもより応用的な分野と考えられていますが、臨床家の中には科学的な研究を積極的に行っている人もいます。カウンセリング心理学は、心理的に健康であると考えられる人の感情、社会、職業、健康に関する結果に焦点を当てた類似の学問分野です。
先に述べたように、FreudとRogersは、臨床家の、心理療法を求める人々との関わり方に影響を与える視点を提供しました。精神分析理論の側面は、現在でも精神力動的な観点から訓練を受けたセラピストの中に見られますが、来談者中心療法に関するRogersの考えは、多くの臨床家の活動方法を形成する上で特に影響力を持っています。さらに、行動主義と認知革命の両方が、行動療法、認知療法、認知行動療法という形で臨床実践を形成してきました(図1.16)。精神的疾患や問題のある行動様式の診断と治療に関する問題は、この教科書の後の章で詳しく説明します。

圧倒的に、これが一般的なメディアで最も注目されている心理学の分野であり、また、多くの人が心理学はすべて臨床心理学であると勘違いしています。
司法心理学
司法心理学は、司法制度の中で生じる心理学的問題を扱う心理学の一分野です。例えば、司法心理士(および司法精神科医)は、人の裁判を受ける能力を評価し、被告人の精神状態を評価し、子供の親権の訴訟でコンサルタントとして活動し、判決や治療の勧告について相談し、目撃証言や子供の証言などの問題について助言します(American Board of Forensic Psychology, 2014)。
これらの職務において、彼らは一般的に専門家証人として活動し、研究や経験に基づいた意見を提供するために、裁判のどちらかの側から呼ばれます。司法心理士は専門家証人として、法律をよく理解し、心理学の領域だけではなく、法制度の文脈で情報を提供しなければなりません。司法心理士は、陪審員の選択過程や証人の準備にも使用されます。また、刑事司法制度の中で心理学的治療を行うこともあります。犯罪心理分析官は、法執行機関のコンサルタントとして活動する心理学者の中でも比較的少数派です。
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Openstax,”Psychology 2e 1.3 Contemporary psychology” https://openstax.org/books/psychology-2e/pages/1-3-contemporary-psychology